作品を読んだことはないが、それを書いた作家について知る。その人生に興味を持って、作品を読んでみる。小説を読む理由として、そういうのもアリだなと思う。私がそう思うようになったのは、〈有島記念館〉に足を運んでからのことだ。
『カインの末裔』『生まれ出づる悩み』『或る女』などで知られる大正初期の作家・有島武郎について、その人生の歩みを紹介する〈有島記念館〉。私はこれまでどの作品も読んだことがなかったし、正直にいうと作品名を聞いてもピンとこなかった。しかし、〈有島記念館〉でその人生をなぞってみると、この有島武郎という男に興味が湧いてきた。
〈有島記念館〉では、有島という一人の男の人生を覗いているようで、作品に馴染みがなくても十分に楽しめる。端的にいうと、恋多き男。特大なネタバレになるが、有島の人生の終焉は既婚女性との心中だ。ここだけ切り取ると現代では「クズ男」なんていわれる可能性も否めないが、おそらく惚れっぽいようで、どこか憎めなさもある。行動の節々に人間くささが漂っているのだ。
いかにして先述の終焉に辿り着くか、この記事を読むあなたにも現地で確かめてほしい。友人と一緒に訪れ、有島の行動にツッコミを入れながらめぐるのもまた一興だろう。実際に私はそのように友人とめぐり、帰り道でもしばらく有島の話で盛り上がったくらいだ。
一方で、農場を所有していた有島は、小作人の貧しい暮らしの上に自らの恵まれた境遇が成り立っていることに苦悩するという社会派な一面もあったようだ。その結果、農場の土地を無償解放するのだが、自ら作った負債ごと引き渡している。つまり小作人は土地を所有すると共に負債をも抱えることになるため、私個人としては純度100%の心で支持できる行動ではないのだが、その不器用さにも人間らしさを感じてしまう。
また、〈有島記念館〉は建物としての面白さもある。上空から見ると北海道を模した形になっているようで、ニセコにあたる位置には館内の床に丸印があるので、訪れた際には見つけてみてほしい。少しだけヒントを出すと、様々な年齢の有島の写真が並ぶところのそばにある。
以下は本文に入れず写真キャプション程度でよさそう
【建物を出てから、対になるように北海道を模した形の池(池という表現が正しいかはわからない)があるのを見つけた】
さらに、建物の周りには広い庭があり(有島記念公園となっている)、その庭は上空からだと有島作品『或る女』の主人公となった女性の横顔が描かれているように見えるらしい。ただ、この〈有島記念館〉、展望台はあるものの高さが足りず、函館の某公園のようにタワーからその形を確認する、ということはできない。でも、なんだかそのうまくいかなさというか、不憫さというか、こういった建物の成り立ちも有島自身に似ている気がしてくるのだった。
ちなみに、展望台にエレベーターはない。ひたすら階段をのぼる。といっても、そんなに長い道のりではなく、踊り場に出るたびに有島の日記や作品から抜粋された一節を読むことができるので、有島が書くものを試し読みする気持ちでのぼってみるといいかもしれない。
さて、〈有島記念館〉をめぐりその人間味に触れた私は、この人物が書く小説は一体どんな読み心地なのだろう、とすっかり有島に興味津々に。そんなわけで、冒頭のとおり、これから私は有島作品を読んでみるところだ。